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    西国巡礼
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      二年前、神社仏閣に興味のある友人に、西国三十三箇所巡礼に誘われた。西国参りという名前だけは聞いたことがあるが、正直こちらは西国の意味もわからず興味も全くなかった。こう言っては失礼だが、老人クラブのツアー程度にしか思っていなかった。これも何かの縁かなと思いO,Kしたのが始まり。彼は車の運転が好きでゴルフに行く時も誰にもハンドルを握らせることがない。彼曰く、運転している方が疲れないと言う。そんな彼の誘いだから、こちらは助手席に座っているだけという安易な思いも頭を過ぎってO,Kしたことは言うまでもない・・(笑)
      西国三十三箇所巡礼とは、近畿2府4県と岐阜県点在する33ヶ所の観音信仰の霊場の総称。これらの霊場を札所とした巡礼は日本で最も歴史がある巡礼であり、現在も多くの参拝者が訪れている。「三十三」とは、「妙法蓮華経観世音菩薩門品第二十五」(観音経)に説かれる観世音菩薩が衆生を救うとき33の姿に変化するという信仰に由来し、その功徳に与えるために三十三の霊場を参拝することを意味し、西国三十三箇所の観音菩薩を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪悪が消滅し、極楽往生できるとされる。
      難しいことはさておき、二年前の夏から我々の西国三十三箇所巡礼は、第一番札所・那智山青岸渡寺を目指して始まった。


      それからはひと月に一回ペースで彼は休みを月曜日に合わしてくれた。彼は彼なりに巡礼の意味を把握し、しっかりとした目的を持っている様だ。それに比べ、まぁヒマやから観光気分でとは、何たるいい加減な動機であろう・・(笑)
      巡礼が進むにつれてその地域の名物(おもに和菓子)が楽しみのひとつになってくる。一番記憶に残っているのは、長谷寺の山門前で売られている草もち(よもぎ)は美味しかった。

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      ともかく2015・10・12、第三十三番札所・谷汲山まで三十三箇所( 番外三箇所を入れて三十六ヶ所)を無事に終えることが出来た。これもひとえに彼のお陰であることは言うまでもない。今になって思うことは、もう少しお寺の詳細ぐらいは下調べしてお参りすべきであった。神社仏閣に無知なままの参拝はもったいことこの上ない。観方が変われば値打ちも変わってくると強く感じたのだ。三十三箇所を無事にお参りできたら、お礼参りに行くと言うことも、巡礼の途中で知った。この日、無事に三十三箇所を終えたお礼を、帰り道にある比叡山延暦寺にお礼参りに参拝した。


      2年にわたる巡礼も、今日ですべてが終わったという安堵感と至福感。巡礼し始めたころの、とにかく納経径帳に朱印さえしてもらえばよいという思いを、比叡山の抹茶と胡麻まんじゅうを頂きながら彼と笑った

      | 神社仏閣 | 21:13 | comments(0) | - |
      お正月の恒例行事
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        ここ数年は元旦の朝から近所の氏神様に、新しいお札を頂に参拝する。そのあとは子供たちのお守りを頂きたく、ドライブも兼ねて高野山に行く。高野山は正月以外にも足を運ぶことも多い、自身の落ち着ける聖地。今年は正月の高野山で、初めて三鈷の松の松葉を見ることが出来た。と、言っても隣の女性が拾ったのを見せて頂いただけ。

        三鈷の松の松葉とは、高野山の伽藍、御影堂の前にある松の木で、(三鈷の松)と呼ばれている。弘法大師が唐(中国)へ渡って明州の港からの帰国の際、密教法具の三鈷杵を東の空に向けて投げた。帰国後、その三鈷杵を探し求めていると、高野山の松の木にかかっていることが分かり、高野山の地を真言密教の道場として開かれるようになり、この松を(三鈷の松)と言うようになりました。また通常の松の葉は二本ですが、三鈷の松の周囲には三本の松の葉が落ちていることがあります。その三本の松の葉を拾った人は、お守りとして財布に入れておくそうです。現在でも参拝者の多くは三鈷の松の葉を拾い求めます。いにしえの平安の貴族たちも、帰路のみやげにしたという話しです。
        幸せな気持ちになったあとは、みろく餅を頂き一年の始まりを実感する。

         
        | 神社仏閣 | 12:59 | comments(0) | - |
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